市町村合併 地方自治体合併の背景および住民投票と県境を越えた合併に関する議論について
1.はじめに

 地方自治体、すなわち市町村の合併に向けての議論が盛んになっている。国も財政上の優遇措置を定めた合併特例法によって、市町村合併を強力に推し進めている。 その適用期限が2005年3月のため、各市町村は合併に向けた議論を急いでいるのである。市町村を合併の方向に駆り立てる背景、および合併の是非を投票の形で 住民に問う試みの背景や国と都道府県の市町村合併推進策について論じてみたいと思う。また、議論の中には県境を越えた合併を目指すものもあり、 それについても論じてみたいと思う。


2.市町村合併の背景と住民投票

 市町村合併議論の参考のため、その是非および合併先市町村の選択を問う住民投票が広く実施されている。その例を後の資料1〜5に示す。秋田県岩城町では 永住外国人を含む18歳以上の町民が住民投票の有権者となった。町長が「合併後の将来をになう若い世代に参加してもらうため」有権者資格を拡大したのである。 この住民投票は「合併しない」という選択肢を外した初めての住民投票でもある。農村部においては高齢化と人口減少が急速に進むと考えられるため、財政と 社会福祉サービス維持のために他市町村との合併を検討している自治体は決して少なくないと言えよう。この岩城町の場合は昔から結びつきの強い南部の本庄市周辺と、 県庁所在地で商業施設も多い北部の秋田市周辺を合併先の候補とする住民投票が実施された。結果は本庄市周辺が選ばれた。このように昔からの結びつきが 強い地域と、県庁所在地のように商業施設の多い発展した地域を合併先として選ぶ場合、高齢層は昔からの結びつきが強い地域を選び、若年層は普段からよく利用する 商業施設のある地域を選ぶ傾向があると思われる。財政の苦しい農村部の市町村は、人口が多くて税収が多い市との合併に傾く場合が多い。青森県八戸市がその例で、 周辺の財政が苦しい町村を編入する方向で話が進んでいる。その一方で大きな市に編入されることで、自分達が住む地域が埋没してしまうことを恐れる考えもある。

 福岡県北野町では合併しない、行政事務を共同で行う北部の小郡市周辺と合併する、町民の勤め先や買い物先である久留米市周辺と合併するの選択肢で住民投票が 行われ、久留米市周辺が合併先として選ばれた。これは北野町の財政が地方交付税頼みの厳しいもので、なおかつ久留米市と一緒になれば中核市になれるといった 背景があったからだと思われる。このように政令指定都市や中核市、特例市への昇格を狙う市町村合併は、数多く検討されている。さいたま市の誕生や静岡市と清水市の 合併は、明らかに政令指定都市への昇格を意識しての合併である。これらの市に昇格できれば権限も大きくなり、財政も格段に強化される。詳しくは後の資料6に示す。 特に政令指定都市は都道府県に準じる権限を持つため、昇格は大きなメリットがある。埼玉県岩槻市も永住外国人を含む18歳以上の市民を有権者とした住民投票を 実施し、政令指定都市昇格確実のさいたま市との合併を目指すこととなった。政令指定都市に昇格できる人口の事実上の基準も70万人に引き下げられ、 静岡市と清水市は合併を断行したという背景もある。

 岩城町の住民投票では、年齢層による考えの違いだけでなく北部に住む町民は秋田市周辺を、南部にすむ町民は本庄市周辺を合併先として選ぶ割合が多いという 地理的な考えの違いも存在した。このような考えの違いが生ずるのは自然で、当然のことと言えよう。町を南北に分割して合併してもいいという意見もあった。 この分割合併を実際に行う予定でいるのが山梨県上九一色村である。村は中央に横たわる御坂山塊で生活圏が二分されており、北部は甲府市周辺、 南部は河口湖町周辺と合併することとなったのである。住民の生活圏のつながりを重視した合併を純粋に考えると、このような分割合併の検討を避けられなくなる場合も あるだろう。また、長野県平谷村では合併住民投票の有権者資格を中学生以上とする条例案が可決された。合併の是非や合併先市町村の選択をより多くの住民に 問うた上で合併に向けた協議に臨めば、円滑に話を進められると考えられる。だから住民投票の実施や有権者資格の拡大が図られているのであろう。 地方自治体は住民とのつながりをより大切にしなければならない。こうした意味からもこの傾向は好ましいと言えよう。


3.市町村合併推進策と矢祭町

 国および都道府県は合併特例法を背景に強力に市町村合併を推し進めている。その事例を後の資料7〜12に示す。栃木県では進まない市町村合併を促進させる 目的で、合併した自治体に県が所有する土地や建物などを無償で提供する方針を固めた。栃木県では栃木市と小山市が合併に向けての協議を行ったが、合意に 至らなかったということがあった。後退した県内の市町村合併を進めるため、栃木県は大技を繰り出したと言えよう。また、自民党内では「合併協議会設置の勧告を知事が 行うことをさらに要請する」として都道府県知事主導の市町村合併を推進するべきとの考えがある。さらに総理大臣の諮問機関「地方制度調査会」の西尾勝・副会長が 示した私案はさらに強制的で、自治体が自主的に協議していた合併を国主導にするというものである。合併特例法の期限が切れたら優遇策を取りやめて一定の人口以下の 市町村は国や都道府県が合併を促し、それでも合併しない市町村には議員を無報酬にするか、他の市町村に編入するかを選択させるという強制力を持つ内容となっている。 そして、政府・与党は地方交付税の小自治体優遇を廃止する方向で検討に入った。これは市町村合併を進めるだけでなく、国家財政で大きな割合を占めている 地方交付税をこの機会に削減しようという意図もあるだろう。人口が少なく、税収が少ない市町村は財政の大部分を地方交付税に頼っているため、地方交付税の 小自治体優遇廃止は死活問題である。こうなっては地方自治体として成り立たなくなってしまうため、合併せざるを得なくなる。市町村は地方自治体とは言っても、 その行政は地方交付税や国からの補助金に大きく依存している場合が多く、財政に占める市町村税の標準的な割合から「3割自治」とも呼ばれている。国は市町村合併と 共に地方分権の推進も検討しているが、市町村を国からより自立した存在にするには合併による地方交付税削減だけでなく、税源の委譲も必要不可欠と言えるだろう。 財政の大部分を税収が占めることで市町村は国に縛られない行政が実現でき、真の地方分権が進むと考えられるのである。

 このように国や都道府県からの市町村合併推進という圧力がかかる中、「合併しない宣言」をした地方自治体がある。それは福島県矢祭町で、合併より独自の町づくりを 進めたいとの信念の下、いかなる市町村とも合併しないと宣言したのである。矢祭町長の考えを後の資料13に示す。宣言の主な理由は合併しなくても十分に自立できる 町であり、独自の町づくりを行う意思があること、「昭和の大合併」における騒動と同じ道を歩まないことである。「昭和の大合併」が行われた当時は現在以上に地域内の 結びつきが強かったため、合併をめぐって全国で騒動が起こった。また、合併してもうまくいかず、結局は分裂する場合もあった。ただ、現在では交通機関やメディアの 発達により地域間の考えに昔ほど大きな差はないと考えられるため、「昭和の大合併」の時のような騒動が起こることはないであろう。矢祭町長は国や都道府県が 市町村合併を半ば強制的に進めることにも疑問を持っている。このような考えを持っている市町村は矢祭町だけではない。他町村からも「合併を否定するつもりはないが、 住民が自主的に決めるもの」といった意見が上がっている。市町村は「地方自治体」である。したがって、合併は各市町村が自発的に検討するもので、国や都道府県が 強制すべきものではないと言える。「3割自治」と言われる中、独自路線を歩むことを決めた矢祭町は自治体らしい自治体と言うことができる。市町村合併は住民の生活にも 大きな影響を与えるため、当事者である市町村と住民が十分に納得した上で行われるべきで、合併を望まない市町村はその意思を尊重すべきであろう。


4.様々な市町村合併の事例

 市町村合併を行う上で様々な障壁や問題が存在する。3自治体以上の合併、広域市町村合併は調整が難しい。また、対等合併は編入合併よりも話がまとまりづらい 傾向にある。対等合併だと西東京市やさいたま市のように新市制移行後の市長選挙で、それぞれの旧市長が立候補することとなって選挙戦後にしこりが残ることも 考えられる。後の資料14〜18に様々な市町村合併の事例および問題を示す。まずは新市町村名を決めるのに時間がかかる場合が多く、これが決まらないために 合併取りやめになることもある。そして、新市町村の中心となる庁舎の位置でもめることもある。合併に臨む各市町村は自分達の住んでいる土地や地名に当然ながら 愛着を持っているため、こうなるのであろう。対等合併において抽象的な名称やひらがな表記が増えるのは、その妥協の結果と思われる。それぞれの旧庁舎も新庁舎の 出張所として、今までと同様のサービスが受けられるようにすべきであろう。また、合併を行えば職員を削減することができるため、公共料金が安くなるとの思惑から合併に 踏み切ったが、実際は景気低迷による税収減少で厳しいようである。合併によって削減できるのは職員だけではない。議員はさらに大きく減らすことができる。 公明党(創価学会)は議員定数減少が自分達の収入減少につながるため、市町村合併には反対と言われている。千葉市に編入される方向で話が進んでいる 千葉県四街道市の市議会議員の意見を後の資料19に示す。自らの議席よりも市の未来を考える立派な主張をしておられる。 首長と議員には自治体の将来を見据えた合併を検討する義務があると言えよう。

 市町村合併において名前が先行している珍しい例が「湘南市」である。神奈川県藤沢市、茅ヶ崎市、平塚市、大磯町、二宮町、寒川町の6自治体が合併する構想であるが、 実際に合併を想定した具体的な研究はまだまだであろう。また、横須賀市、鎌倉市、逗子市、三浦市、葉山町の5自治体を合併させて「湘南市」を作ろうと運動している 横須賀選出の神奈川県議会議員がいる。その議員の考えを後の資料20に示す。現実には観光収入がある鎌倉市は合併の考えはなく、逗子市と葉山町は独自に 合併の協議を進めているため、横須賀市との合併はありえないだろう。ただ、財政が苦しい三浦市は市長が横須賀市との合併を目指す考えを明らかにしており、 横須賀市が三浦市を編入することはあるかもしれない。


5.県境を越えた市町村合併

 市町村合併の中には県境を越えた合併を目指す動きがある。一大温泉都市を目指す神奈川県湯河原町と静岡県熱海市もその一つである。湯河原町は小田原市、 箱根町、真鶴町との合併も検討しているため、この越県合併の実現は微妙である。越県合併の事例を後の資料21,22に示す。越県合併構想の中で最も話が 進んでいるのは岐阜県中津川市と長野県山口村で法定合併協議会が開かれ、合併目標期日も定められているため実現の可能性も高い。越県合併の過去の事例は 存在するが、その時にも県単位の面積が変わらないように県境の変更が行われたりした。越県合併実現に向けての障壁は都道府県の動きと言えるだろう。 そして、神奈川県相模原市と東京都町田市にも越県合併の構想がある。この合併が実現すれば政令指定都市昇格確実の巨大自治体が誕生する。これに関する 町田市議会議員の考えを後の資料23に示す。相模原市と町田市は人口が多く、税収も多い自治体であるため、具体的に越県合併を協議するとなると東京都と神奈川県も 乗り出してきて、話し合いは確実に難航する。したがって、越県合併構想が議会のレベルで具体的に話し合われる可能性は低いと言えるだろう。これらの越県合併構想の 共通点は、自治体や住民が合併を望んで話し合いをしていることである。これは市町村合併の理想形とも言える。国や都道府県も市町村合併を推し進めるならば、 これらの越県合併構想も支援するべきであろう。また、都道府県においても青森県、岩手県、秋田県は3県合併の検討を始めている。


6.全体のまとめ

 地方自治体、特に市町村は住民に最も身近な政府と言える。その合併は住民がよく納得した上で行われるべきで、国や都道府県が強制すべきものではない。 住民投票を行い、合併の是非や合併先市町村を問うのも有効な手段であろう。総務省は市町村の下で住民に身近な事務を担う新たな自治組織を設けられるよう、 地方自治法を改正する方針を固めた。これが実現すれば地方自治体の旧名称や旧庁舎でのサービスを残すことができる。分割合併でも越県合併でも双方が 合意に達すれば国や都道府県はそれを支援すべきで、生活圏と一致した市町村設置を行う必要がある。同時に税源や権限も委譲して本当の意味での地方分権と 地方自治体を確立し、住民により密着した行政の実現を目指す必要があるだろう。



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